4 オーセンティックなクロンチョンを
  お借りして

t・では、最後にクロンチョン(※8)について。クロンチョンというのは、植民地時代以前に、ポルトガルから持ち込まれた種々の音楽文化がインドネシアで変異して出来上がった音楽とされています。現代ではこの形式名の下に、実に様々なリズム、メロディーを持った音楽が聴けるわけですが「紅い橋」製作中にはたくさん聴いて、参考になされたのでしょうか。

y・そう、同じクロンチョンといってもホント千差万別ですね。ジャワにはこのほかにダンドットという軽音楽の種類があって、こちらはクンダン(両面太鼓)が派手に入って、メロディーもインド文化圏からの影響が濃い。ここ4、50年程の間に出来た、より下世話なポップス。オランダの再統治からようやく独立を勝ち取った後、"一つのインドネシア"という国民国家的なアイデンティティーを明確にするために、クロンチョンがあえてシンボル的に使われるようになったらしい。もちろん戦前からずっとあった音楽なのですが。なぜガムランじゃだめだったかというと、王室的、儀礼的な側面が強すぎたからでしょうね。ご存知のようにインドネシアというのは多民族多部族国家で、なおかつ領土的にも複数の島々から成り立っていますので、人が集まってくるジャワ島内に限っても、土地土地に固有のクロンチョンスタイルがあるみたい。その辺は、後で註付けお願いします。で、このたくさんある中で、僕が参考にしたのは、中村とうよう氏のオーディブックから出ていた「魅惑のクロンチョン・・・1」(※8)。このアルバムの企画は、音楽好きの軍人が楽団を指揮して、品行方正に懐メロを演奏しまくるというものです。歌手を何人も変えてね。ほとんどがクロンチョン・アスリ。今言った、啓蒙的な思惑に充ち満ちた世界です。どの曲もアンサンブルの仕組みが同じで、非常にわかりやすい。

t・音像的なものも参考にしたんですか。

yッそう。リズムを刻む二本のギター(チュックとチャック)の定位とかはこのアルバムのものがオーセンティックだと思う。オンマイクで狙って、左右に振り分けたミックスでね。あと、低音部はコントラバスとチェロがやはりクロスビートを使って受け持つんですが、似たような周波数が干渉してということもあると思うのだけれど、低音の倍音に凄く深みがあるんですよね。恐らく同じ編成、マイキングで素早く録ったんだと思うんですけど、アルバム通して均一な音ですね。だからステレオイメージを得る意味でも参考にしやすかった。すべて混ざり合って、ドロンとした感覚。でもよく聴くと、アンサンブル全体がものすごく細かいビートを刻んでいるという。かっこいいんですね。

t・「紅い橋」も、スッと聴くと歌の印象に持っていかれちゃいますけど、やはり各弦楽器のコンビネーションには驚かされますよね。

y・べースパート二本を担当してくれた守屋氏が、最初やはりクロスビートということをあまり理解していなくてね。一つのリズムフレーズを二つの楽器で分担するということをね。だから一人ひとりはスカスカな演奏をするということになるわけで、ちょっとばかばかしい感じになっちゃう。ダビングでやるわけですしね。ベース一本でいいじゃないかと思うでしょうし、何で分けるんだと。その理屈で、ベースが弾きまくるファンキーなバージョンが成り立っちゃって。一度OKにしましたけど、やはり後で録り直しましたね。皆にまた来てもらって、録音用のリハーサルを考え直して。あん時は気合いがいった(笑い)。リズムパートの、コントラ、ウクレレ、湯川氏のリードギター(※17)の三台は一発録りです。

【「三台は一発録り」を聴く】

t・参考にした音源が活きてくるのは、ミックスの時だったんですか?それとも録音の時から?

y・頭数がそろってれば、皆でリハやってくうちに、録音の時までにはオーディオで目指す音場が出来ているというのが理想なんです。現地の人達がそうしているように。まあ、少数のミュージシャンで、ダビングでいかなきゃならないですからね。ダビングだと、音楽的には、さっきも言いましたようにアンサンブル全体の中での自分の役割をリアルタイムで確認することが出来ない。ヘッドフォンして、人の弾いた音を聞きながらそれに合わせるというのは、ライブと同じことをしているようで、現状の理解の仕方が全然別です。オーディオ的には、各トラックが録られた時が違いますから、かぶりもないし。当たり前ですが。マイキングで位相をあれこれしてみる必要が無いということは、クリアーに録るということだけですね。最初三台を一発録りして、その時のベースのマイクからの距離と、これにダビングするピッチカートチェロの距離は合わせとく、ぐらいのことでしょうか。後はミックスの段階で処理しました。

【「ミックスの段階」を聴く】

t・(オーディオ的な)奥の出し方が、非常に活きてますよね。

y・いずれにしても、プロテストソングをやるぞということでですね、気合い入れてましたね。

t・入ってましたね。

y・作曲、作詞をしている机上の時間においては、いかにしてモチベーションをホラーの形に落とし込めるか、ということで頑張ってみました。これは恐怖を明示する記号を使うだけじゃなしに、メロディー、ハーモニー、リズムの音楽的な諸要素と、そこに乗る言葉の関係をよく見ていくということでした。その関係性が怖い、という風になるような配慮です。一言で上手く言えませんが、この対談の間中、アトランダムに話してきた事です。それでリハが出来るまでになって、リハの場所でやることというのは、音楽ですから、今回はクロンチョンにおけるクロスビート的アンサンブルをやります、と言って張り切りました。それが何とか形を付けて、録音前に、今一度最初の理念に立ち返ってみると、ガムランによる別パートが必要だ、などという妄想(笑い)が生まれて、高橋さんにアイディアを募った。で、何とかいけそうだということになったので、今度は本編のクロンチョンがこのパートを上手く受け入れることが出来るようにと、アレンジを変えて、さらにガムラン部分を後で嵌めやすくするために録音方法も考え直して、といった具合でした。

t・(笑い)。クロンチョンということにこだわってみますと、この音楽の知識のある人が「紅い橋」を聴いたときに、どうしてこれがクロンチョン?なんて反応もあるかもしれませんが、それでも楽器の配置一つとっても、やはり、かの音楽形式への構造的な把握というものを土台に作られているわけで、ホラー化へのもくろみ含めて、非常によく消化されているなと思います。

y・そうね。今回はクロンチョンで、なんて一口にいっても、やはり模倣するには手ごわい音楽ですからね。皆で取り組んでるときには、僕の中でもホラーがどうの、なんてことを考えてる余裕はないですよ。だからちょっと作って、出来たものをまた素直に次の作業にフィードバックさせていくしかないと。"白さ"の感覚に導かれながらもね(笑い)。一応これで完成というところまで、その都度その都度ですからね。だから一つのモチベーションだけに固執してしまったらとても出来ないし、むしろそんなのは嘘臭い。プロセスを、今やるべきことを丁寧にこなしていくしかないと。

t・クロンチョンというのはラテンと一緒で、非常にシステマチックな音楽ですからね。「紅い橋」がそれらと感覚的にまったく同じノリを聴く人に提供できているかというと、分かりません。だけど...

y・でもどうです、「紅い橋」がクロンチョンのコンピレ盤に、ぽつっと入ってたとしても(※18)、違和感無いんじゃないですか?

t・凄い異色作に聴こえるでしょうが、違和感は無いですね。先程も言われていたように地域によって、ものすごいバリエーションのある形式ですから。こんなものもあるんだと納得しちゃうでしょうね。

y・もしそのように聴けるものになっているとすれば、それはちょっとしたことだと思うんですよ。我々は何者であるかという、リスナーにその点で多少の揺さぶりがかけられるのであればね。最後に皆さまへの問いかけを。

【「皆さまへの問いかけ」を聴く】

※"捏造"は対談時に収拾がつかなくなった(話が暴走した)箇所をアメフォンが 恣意的にまとめたものです=クリエイト・ファンタスティカリー!



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