3 反復は気持ち良くて難しい


y・これが、「octopus hold」。もう一度、ここまでのおさらいをして見ましょう。黒ワクの位置にいる場合は、そこに示された音のオクターブを繰り返しなさい、と。その時の反復のテンポは個々人の任意のテンポで良いが、それを一定に保たなければならない。で、ルールとしては次の音に移るのであれば、黒ワクから別の黒ワクへといきなり飛ぶのではなくて、必ず一度グレーのワクを通過しなければならないと。このグレーのワクにおいては、やはりその音のオクターブを繰り返し演奏することになる。しかしここでは、その反復のテンポは、誰でも良いから自分以外の別の人がとっているテンポに合わせなさい、ということですね。

t・そう。自分から人に寄り添っていってくれということです。

y・これは何で、そういうアイディアが出てきたんですか?

t・なんででしょうね。いきなり(次の音に)飛ぶことに違和感(※11)はずっとあったんですけど。

y・それはそうなんでしょうけど、人に合わせるということにしたのは、なぜなんでしょう。

t・これは「noon nap nude」にもありましたけれど、自分以外の誰が何をやっているかということにセンシティブになって欲しいということですよね。一番最初の(白ワクの位置における)何の音も鳴っていない”音”から入る形のせいというか、気持ちですね、そういう意識を(演奏の最後まで)持っていてくれと。つまり、これから音が鳴る前の心の準備、待機状態、誰が、どこから、どんな音が流れるか、そういうものをじっと見つめて、心落ち着けて、それからようやく自分の音をすっと出していくという...

y・それが中心の白ワクの部分でのルールですね。

t・はい。なので、それぞれが自分の歌を歌った後も、いきなり次の歌に即展開をするのではなくて、その間にどこかの誰かの音を良く聴いて寄り添っている(グレーのワクの)ときにも、次の自分のテンポをまた(黒ワクで)築いていくことを、ちょっと先に見据えておいてほしいということでした。

y・いまさらなんですけどね、これは黒ワクにいるときの各奏者の振る舞いがメインなんですね。グレーの部分というのはあくまで中間部で、次の黒でまた思う存分歌うまでの通過点なわけですね。

t・そう、皆で合唱のように(グレーの部分は)なったりはするんですが。

y・僕ね、黒の部分とグレーの部分のヒエラルキーは等分なのかと思ってたの。むしろグレーの部分にいるときの振る舞いがメインですらあるのかと思ってた。

t・なんというか、それは実際に演奏してると、どうにもこれは不思議なことで...。今、皆さんには録音されたものを聴いていただいたので、おわかりになると思うんですけど...これは意図されたことではないはずなんですが、合うのが気持ちいい、ということに結果なるんですよ。

y・合奏であるという認識があるんでしたら、それはそうでしょうね。

t・特に意識していませんでしたが、合うと気持ちいい、という感じにどうしてもなっちゃうんですね。

y・聴者からすれば、ユニゾンで音の粒が合う箇所がこの曲本来の進行で、黒ワクにたくさん人がいるときは必然的に音の現象としては混沌とした状態になりますから、ここは全体の流れからいけば、逆に待機の状態なんだというふうに考えると思うんですよね。グレーの部分において曲が到達点に至る、と考えてしまうんじゃないかな。

t・いやぁ、これ聴いていただくとですね、合った、っていうカタルシスは正直感じ得ると思うんですよ。

y・それが強いですよね。

t・我々としては、あぁ、合っちゃった、というか、ぴたっときちゃったみたいなね。レコーディングしたときの演奏は、もう本当にうまくいった記録で、ライブでも、あのぐらい気持ちが一致したこと、ルール上ではもちろん誰かに合わせるという必然的な部分はあるわけだけど、一曲まるまる全員が同じようなタイミングというか、心が一つに重なるようなことは他ではなかなか経験できなかったですね。

y・いや面白いですね。繰り返しになりますが、自分はグレーの部分がこの曲のメインなのだとばかり思ってました。黒の、自分勝手に振る舞ってよいという部分は、むしろここが経過なのかなと。

t・ええ。でもね、ここにこそ性格というものが出て、黒部分をすっごい頑張る、つまりずっと自分の反復のタイミングを続けることを押し通すような人もいて面白いんです。ただし、この曲「octopus hold」の良いところの一つ、どんなに自分が頑張って、俺だけの、俺様テンポをキープし続けていたとしても、誰かにまねされる可能性があるんです。つまり誰かに寄り添われちゃうんです。また逆にルール上では、自分から寄り添っていって、と言ってるわけだから、人によってはすぐ寄り添いたい人もいるんです。自分のテンポを捨てて、すぐ誰かに合わせたくなる人もいる。そうなると、自分のテンポだけをずっとキープしたいんだ、と言っても、寄り添われちゃって逆に慌てて逃げていくってことになるんですよ。これ譜面を見ていただくとわかるんですが、一応パッと逃げられるので。一回寄り添われて、ぴたっと合ったところで、よしっ、休もう。で、一回お休みしたらまた新たな黒に入っていけるから...

y・グレーの後はお休みに絶対に入らなければいけないんですね。

t・そうです。逃げられるんです。そうすると、今度はいつまでも逃げたいってことになるんですよ。自分のペースで、ドンドン、パッパパッパやりたくて、誰かにぴたっと合わされたら、グレー部分に入ったということなので、それがわかるとすぐ次の休みへ、休んだと思ったら、すぐ黒へ。そこでまた次の違うテンポで自分のペースを早く作りたいって人がいるんですよ。そうして追っかけっこみたいなことが始まったりもするんです。

y・これ、白黒グレーそれぞれのポジションにとどまる長さというのは自由なんですね。

t・任意ですね、基本的には。

y・じゃ極端な話、一つ目の黒に5分間とどまり続けること可能なんだ。

t・ええ、そうなんですが、一応ここには、一番最初に話したルールがぼんやりと生きてて、一息で続く程度、というしばりがあったので...

y・ああ、そうでした。

t・ですから、自分の反復を繰り返しているだけとか、お休みばっかりしてとか、ずーっといっしょのことばかりしちゃうということはなかったと思います。あくまで続く限りの一息を使う、使い切っちゃったら、まねして、次にお休みして様子見たりとか、また別のパターンを始めたりとか。確かに、早い人はどんどん早く、鋭いパッセージのようにして、ぐんぐん次へと、あちこち飛び回る人もいるんです。勢いよく飛び出したい、誰よりも先に強い音で、パッと出たいという人はいましたね。でも、レコーディングの時は、あんまりそういう、エゴイスティックというのではないんですけれど、そういったものとは違う段階に、こう...

y・そこで、聞きたいのですが、うちでこの曲のリハーサルを始めたのはこのバージョンからなんですか?

t・そうです。

y・このバージョンに落ち着いて最初の頃は、もっとどんな演奏であったか覚えてます?

t・まあ、一言で言えばラフでしたよね。

y・ラフというのは?

t・ルールがあるようでなきにしもというところがあって、つまり自由度が高すぎちゃって、せっかくオクターブというものを使うことで試したかった(そもそものもくろみという)ことが、あいまいになってしまったと。音楽としてはギリギリの選択肢、つまり、実はたった一つの音だけど、できるだけハーモニーみたいなものを出す。一種類の音からスタートして、オクターブを使って広がりを出しながら、それでも全体としては大きなひとかたまり。ここにこそ、皆でやってる意味を見いだしたかったのが、このバージョンになると、それぞれ好き勝手なペースで移行できちゃうことに、一言で言えば、ばらばらな感じがすることの方が強くて...

y・例えば、ユニゾンで合う部分がもっと少なかったというようなこと?

t・少なかったですね。そこがねらいではなかったことは先にお話しましたが、全体的な印象がね。むしろ、自分は違うテンポを出そうという人の方が多かったんじゃないかな。なんか、もともと曲が持っていてほしかった方向とは違うやり方、(反復のテンポを)極端に速くとか、変化がわからないほど極端に遅くしたりする人がいたりとか自由自在になっちゃってて、変わることが目的のようになってしまっていましたね。

y・そこも、僕は逆だと思ってたの。最初は、ユニゾンのところで、もっとぴたっと合う確率が高かったんだろうと考えてました。というのは、これも聞いていただければすぐわかることだと思うんですけど、ユニゾンしているときの皆のテンポがですね、大体一つなんですよ。あとはその倍で刻んでいるか、半分かという違いでしかなくて。つまり、これは人につられてしまうということが容易におきているんであろうなと。そう簡単には自分オリジナルのテンポを維持するということは出来ないのであろうなと思ったんです。これは倫理観から来るのか、純粋に肉体的な反応から来ることなのかはわからないのですけれど。実は、ユニゾンに関しては、もっとお粗末だったということですね、言葉は悪いですが。

t・お粗末でしたね。特に意識していなかったユニゾン以前に、黒ワクのオクターブ反復そのものが、ですね。ルールとしては一定のテンポ感で反復するということがまずあって、というのがね、守れなかったんでしょうね。というかね、わかんなくなっちゃうんですよ。一定の反復をしているつもりが、オクターブで高い音を出していると、抜けて聞こえてくるのですが、低い音はそもそも聞こえづらいし、これ(低い音を出す)には息をたくさん吹き込まなければならない楽器が多かったこともあって、息が続かなくなる。もちろん自分だけでなく皆も音を出してもいる中でのことです。そうなると、実は(厳密に聴いてみれば、すぐわかるのでしょうが)、出しているオクターブ音の上と下の長さは一定になってなかったんじゃないかな、というのがありますね。

y・ああ、想像つきますね。あのユニゾンしているところ(グレーのワク)から、今度は自分独自のテンポ(黒のワク)に移行するというのは相当意識的にならないと、きついことですよね。

t・きついきつい。

y・ということは一生懸命やっちゃう。そして、楽器を強い音で演奏してしまう。これはリズムがキープしにくくなる一番の原因となりえますね。人に合わす以前に自分のテンポが維持できなくなってしまう、ということは考えられますね。

t・前のバージョンをまだ当面(録音時には)引きずっていたでしょうし、あの時(前のバージョン期)、どこにも書いてはいないんですが、なんとなく皆が感じていたであろうことは、3種類になったのだからそれらの音をすべて出さなきゃいけない、ということは、自分以外の人と同じ音で合っちゃうのはなんだかカッコ悪い、というようなことではなかったかと。誰も『御法度だ』などとは言っていませんが、あんまり合ってはいけないという、変なアレも、あったんじゃないかなぁ、このバージョンの最初の頃のラフさにつながる一因には。

y・そこが実験音楽の人たち(※12)の、スケベ心ですね。

t・何かね、このとき、初期段階のときは、まだ逃げ回っていた感じ。つまり、皆つられるのはマズいと思っていたのか、ただカッコ悪いと思っていたのか、合わされるとすぐ逃げていた感じが...。

y・なるほど。行雲流水のメンバー達は中には楽器を手にするのは初めての人もいたかもしれませんが、皆それぞれ、マニアックな音楽の知識を持ってる人達の集まりでしたよね。自分は色々聞いてきてるんだぞ、という自負が多くの人にあったでしょう。そうするとどういうわけか、アンチポップスということを指向する場合が多くて、この指向ゆえ行雲流水に参加しているという、動機となっている場合もあると思うんですね。で、そういう指向を持った人達が音を出すと、始めは混とんとした状況に陥ると言うのは、ちょっと意地悪ですけど、想像しやすいですね。

t・まあね。ノイズじゃないんだから、と突っ込みたくなるようなね、そんな感じのときもありました。勢いに任せたついでに言っちゃうと、僕個人が勝手に思っていた、森の中の鳥達のイメージではさすがに無かったですね(笑い)。

y・その状態から、最終的に録音時に到達していたような状態に至るためには、どのように変化していったんですか?高橋さんが、皆さん鳥になって下さい!、というようなことを言ったわけではないでしょ(笑い)。いや、僕らのように軽音楽をやっていて、音楽が理想的なニュアンスをつかめないでいるようなときには、そういうばかなことを平気で口走りますがね。鳥がさえずるように!とかね(笑い)。

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