4 絶えず変化する楽譜そして今後

y・なるほど。リハーサルの結果に基づいての楽譜のバージョンアップというのがやはり面白いですね。もう一度始めから整理していただきたいのですが。

t・最初期のバージョンから1.2への移行では、パートを分けたということ、メロディーの中で"休め"の指示を与えてみたということですね。

y・アンサンブル化の手がかりを得たと。

t・はい。で、次のバージョンに上がると、四パートの音が出入りするところを意図的に、譜割的なものの発想を変えてみた。その前のバージョンまでは一息の長さというものをあまりにもアバウトでやっていたので、もう少し自分以外の人たちの出す音との関係でそれらを考えよ、と。相対的になったんですね。

y・音楽的にはドローンという方法論を取った場合、その音の長さのバリエーションがこのVer.1.3でかなり豊かになったということ。その原因として譜面が教えてくれるのは、他者との関わり合いの中から自由というものを指定していきなさいと、何がなんでも自分の好きな通り振る舞えばそれが自由だ、とは言えないということですね。これは、おまけ、なんでしょうけれど。

t・それが付いてくるといいですねえ...。そして、Ver.3.0に上げたときには、より巧みに音楽的なものとしての扱いをするのが可能ではないか、ということでイントロダクションを置き、ブレス位置などまで決め、音量指示も与える。つまり、表現に工夫を凝らしてニュアンスの違いも出していこうよ、という感じですね。

y・Ver.1.3から、Ver.3.0への飛躍は、装飾的になるという事でしょうか?

t・そうかもしれませんね。一番最初のバージョン以降、単に指示が少しずつ細かくなったというだけなんですけどね。小さい音からふわっと上がって下がる、みたいな微妙な事が出来るであろうと。そういったことも表現として普通に含んだ表記をしていってもいいであろうと思いました。

y・テイクが録れたとき(※18)、これはいいね、という状態にグループは仕上がっていました。言い方がわからなかったので言いませんでしたけれども。自然に豊かな音楽が聞こえてきていたように思いました。メンバーは、リハーサル、楽譜のバージョンアップ等、行雲流水の通ってきたプロセスを振り返りながら、自分たちが至った結果を味わうことが出来ていたのかな?

t・出来ていたと思いましたね。ただ、これは悪いことだとは思わないんですが、ある種こういった形で完成形と言っていいんだかどうだか、というところもありますね。もともと完成を求めてはいないんで、どれが完成形か分からないからこれでいいんだけれど、なんかね、実際はただちょっと飽きてるだけなんです、結果みたいなものが出来た途端に(笑い)。

y・(笑い)。いやー、分かる。つまり『プロジェクトX』(※19)みたいな提示のされ方でないと、人は最早、動けないんですよ。さっきっから、ずっと話を伺っていて、こちらも興奮したいんだけれど、興奮するポイントが分からないというのが正直なところなんですよね。というのは、何かこう栄光に到達するかのようなストーリーラインに乗って、我々は動いているわけではないんだなというのがね、逆に感動できるところで(笑い)。

t・だから終わらないんですよね(笑い)、この作業やってると。

y・いったいなにをやってるんでしょうね(笑い)我々は...。

t・この「noon nap nude」に関してはですね、そういった意味で皆飽きてる。というかね、上手に出来るんですよ、普通に、感じよく...。でもね、多分その先の何かを提示するなり、それぞれが意識しないとね、飽きるんですよね...。

y・録音当時までは、ゲームのルールに乗るということだけで楽しめたんでしょうね。ただ如何せん、そこは音楽をやっているわけですから、将棋を指し続けるというようなわけにはいかないと。ただこの、飽きるということですけど、行雲流水に関してはそれはそれでいいんじゃないかと思うんですよね、個人的には。

t・この曲に関しては、やはりグループの代名詞的に機能しているというところもあって、このような集団として固まったんだなあという実感をもたらせてくれますね。いろいろ経て、こういう形、普通に曲というものとして機能できて、ライブなど演奏していって、いろんな意味でこなれていってね。今だったら様々な技術を使って、例えばリミックス的なことをして大胆に変化させたりすることもできるけど、やっぱり音楽の根本的なことから段々と細かなニュアンスも巧みに変化させられるようになったのだから、黙ってこれからも続ければいいんだとそれなりに次なることを考えてはみています。しかし、我々、行雲流水は基本的にポツポツしかチャンスはない演奏活動なのに、それでも続けていると、そもそも自分達が音楽を演奏するということ自体に不思議なクエスチョンマークが出てくるんですねえ(笑い)。

y・(笑い)。僕がこだわってしまうのは、やはり行雲流水の中に啓蒙的な態度を見るということなんです。けれど、教育的な振る舞いを見せつつも権力的な指向はまったく無い。これが面白いんだよね(笑い)。むしろ飽きちゃうんですよね?でもこれも必然かな、と思ったりもして...。とにかく、軽いですよね。何事かを熱心に構築している人たちのはずなんですが、振る舞いに重みが無い(一同笑い)。君らはロラン・バルト(※20)か!と。すごいね。

t・次のステップを、この「noon nap nude」にあえて与えるんであれば、出来ちゃいそうでちょっとあれですけれど、何にも見ないでやろうか、とか言ってね(笑い)。正直言って、今の段階でそれがいいんだか何だか、それを目的ともしてないから何なんだろうなというのがありますよね、うーん...。

y・行雲流水は、オーディエンスと、どのような結びつき、コミュニケーションのあり方を望みますか?普通、音楽家がしているように、快楽原則を基準にしたやり取りであれば、事はいくらでも経済的に収まるべきところに収まるでしょうけれども。

t・楽しんでくれればいいというのはもちろんあります。「noon nap nude」一曲に関してではなくて、いろんなルールやアイディアを持つ曲があるので、それぞれを細かなところまで、きちっと理解をして欲しい、というようにはあんまり思わないんですけどね。聴いてる人にどこまで伝わっているのかは分かりませんが、今回の対談で語られた「noon nap nude」の一連の変遷のように、実際は誰でも出来るであろうことをやっているだけなんだけれど、かなり絶妙なバランス感覚の中で成り立っているからこそ楽しめる面白さというものがあるのだということが、どこかで伝わらないかなと。それはすごく思ってますね。その面白さって一曲聴いたぐらいじゃ、って言われてしまうとあれなので、ぜひ「ESQUISSE 3/3」を、ね。

y・リスナーに対して、"良い音楽でしょ"という問い掛けは成り立ちますか?

t・難しいかな、それはね。

y・AMEPHONEの場合は、これは本質的なことではないんですが、ある音楽の形式を借りて曲を作り、これを演奏するのであれば、達成しなければならない技術的な問題というのがあって、これがクリアーできればそれ以上ややこしく考える必要はない、というふうに考えています。"つまらない"と言われても、それは僕らの責任ではない、なにを聞きに来たんですか?ってね。それゆえ、リハーサルの段階で、これは理論的にうける(笑い)なんて事を言ったりもします。行雲流水は自分たちのチューンをどのようにとらえていますか?

t・そうですね、あの、事件の謎解きではないですけど、けっきょく問題はぐるっと一周回って一番最初の地点にやって来ると言いますか、この「noon nap nude」に関して言えば、この人たち何か曲めいたことをしているけれど、皆で同じメロディー吹いてるじゃない、それぞれ勝手なタイミングで、それでも何か一つのまとまったものに成るんだね、って。それを成功と言っていいのかどうか分からないですけれど、へー、って思ってもらえれば、ずいぶんいいかな、と考えています。もともとは自分達が、へー面白い、からスタートしてますしね。でも、欲を言えば、もう一つ。これは願望で、そこまでいったら嬉しいな、ってことですけれど、じゃあ、俺もやろうか、ぐらいのスタンスを取ってもらえるようになったら、いいかもしれないですね。自分が感心されたいという気はそもそも持っていないので。

y・それはでも、大きなことですね。作り手が作品の価値を誇らないというのは。

t・すごく単純な思いつきから始まって、それを皆でやることで、何らかの形が出来ますよ、そしてそれを楽しむこともいろいろと出来るんです、というのが他のどの曲にも共通しています。ちょっとしたひらめきを、あれこれと膨らましていって、どれぐらいでしょうね時間でいったら、一つやり切るのに三分から四分の間かな、皆がサッと見てパッと分かるルールの中で動いていって、最終的には絶妙なバランスがとれるまでに我々はなった。そういう形、ゲームや遊びみたいなものですから、誰でも参加できる状態はずっと開いたままで...。

y・今日の話を読者の皆さんがどのように読んでくださったか、ということが全く想像できませんね。我々が話術に長けていないという事実は一つはっきりしているとしても、結論を持ちえないトピックを選んでしまったという気もしております(笑い)。が、自分たちのしてきたことを振り返ると、これでいいのだとも言える。永続する戦略のプロセスを告白していくだけですね。

t・行雲流水で扱っているのは、思いつきだけと言ってしまうと問題がありますけれど、小さなアイディアが演奏というものを通して、確実に何かに広がっていくということですね。最初のきっかけを如何に大事にしていくかで面白いことはいくらでも起きるという試みでもあります。例えば、今、僕がもう一つプロジェクト的にやっています『おとのおと』という名前で、子供たちを中心に行雲流水メソッドを使ったワークショップ的なものなどは、行雲流水の活動の中で、曲という一つの形をもった完成形に向かうまでの中で出てきたアイディアや、先ほどお話した、そういったものから生み出されたルールなどがすごく活かされているんです。根源的なところから、小さな思いつきから、どんな風にして膨らませていくのかを考えていく。それぞれの段階段階を経て、こんなやり方もあんなやり方もあったという発見があって、それがまた一周大きく回って、次へ進んでいってるという実感があります。『おとのおと』の現場では言葉の壁があったり、年齢の差があったりするのですが、全く知らない初めて出会う人たちと一緒に遊んでみても、すでにそれなりに使えるものがあるという事実は、そもそも行雲流水の演奏の中での様々な実践があったからに違いありませんから。

y・まあこれからも、この対談で、音をめぐって、我々がどういうポジションに立っているのかというのを探っていきましょう。今日はありがとうございました。

t・ありがとうございました。

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